DIY施工支援

私達がお勧めする多くの木材は、特定少数の供給元から出荷される国産材です。
数を追い求める多くの建築業者様が東南アジア、北米、ロシア等からの輸入木材の供給に依存する中、極力品質が高い国産材を多用する事を心がけてきました。
東京にいて、商社と話をしていても中々予算との折り合いがつかない、サンプルと違う材料がやってきた等、煮え湯を飲み続けて来た事から、年に数度生産現地や各地の市場へ訪れ、
産地との直接取引を行うようになり、かれこれ15年程になります。
近場の産地から探し始めましたが、質を求めるとどうしても産地、供給元が限られてしまい、北は北海道から南は九州まで、信頼のおける産地と取引を行うようになりました。
導入にあたり全国各地の産地を見て回ると何故、同じ名前の木材でも、好感を持つものと持てないものがあるのか等東京に居て感じた疑問が段々と解決していきました。

供給元選定の為、植林されている山林へ出向き、どのような環境で生育してきたのかを眼で見て、肌で感じ

(上の写真は丸太の皮を剥いでいる工程です)

加工工場等を見学し、木材や仕事に対する姿勢、考え方を伺いながら1件1件現地を訪ね、取引先選定を行ってきました。
国産材を強くお勧めするのは、輸入材に頼れば、日本に持ち込まれる折の検閲等で避けることが出来ない「防虫剤」が入っていない木材を選択できる事、乾燥の方法にはじまる、取り扱い方法について詳細に指定ができる事、日本の風土に合う、国産材で構造材を構築したいが為です。
話を突き詰めていくと、野菜や果物と同じ感覚を持ちました。
どうせ買うなら、「きちんとした」国産の物が良いと。
そして突き詰めた姿が「産地直送」となった次第です。
取引先の一つに、東日本大震災で被災した宮城県本吉郡南三陸町の丸平木材があります。
丸平木材は、地元で取れた材料のみを、大事に自社で加工し供給する「産地が見える木材屋さん」として、以前からお付き合い頂いてきました。
東日本大震災のちょうど1週間前、2011年3月4日金曜日、私達は木材を見るために南三陸町に出向いていました。
木材は、栄養を吸い上げない「冬」に伐採するもの、「寒切り、旬切り」と呼ばれる昔ながらのやり方を徹底している産地は本当に稀となりました。

写真は震災で被災する直前の丸平木材の社屋

加工工場です(上の2枚は丸太の「皮」を剥ぐ工程です)
写真を撮影した1週間後の2011年3月11日、東日本大震災による大津波で、社屋、工場は流失しました。

案内をしてくれている後姿の男性が丸平木材代表取締役の小野寺氏です。

木材がびっしり詰まっている灰色の建物は、木材を乾燥させる「乾燥釜」です。丸平木材では、東日本大震災からの復興に伴い、日本に何台と存在しない乾燥釜を導入するに至ったそうです、木材の酵素を殺さない超低温乾燥に切替え、2012年4月、進化を果たし再始動しました。東日本大震災では、原発事故による放射能汚染問題が大きな社会問題となりました。現在では、話題にも上りませんが、当時、特に大きく問題となったのは、口に入る食物、特にキノコ類だったと理解しております。震災から9年が経過した2020年現在でも、一部の野生キノコは放射能の問題から出荷が出来ない状況が続いているのが現実で、決して終わった問題ではありません。木材とて同じ事、産地は風評被害に苦しんできました。
震災後、私共で採用する多くの木材について、放射能測定を進めてまいりました。特に震災後数年は、頻繁に検査を続けてまいりましたが、問題が発生しない事から、最近では、頻度を落としながら継続して観察を続けております。

放射能測定データはこちら

このように取引先選定には、森から手元に来るまで、どのように扱われ、管理されているのか、確認して進めていきます。

取引先の選定には、夏の暑い日に、大汗をかきながら山へ入る日もあれば

寒い冬の日、東北地方で吹雪の中、木材を検品した日もありました。遠い場所へ1件ずつ、産地を訪れる日々は、決して楽ではなかったと思いますが、振り返ると不思議と辛く感じませんでした。産地を訪れれば、東京で手に取ることが出来ない良材を沢山見つけることができました。この材料達を、割安にお客様の元に届けられると思うと喜びの方が強かったのだと思います。そして、産地の人々の拘りや情熱を感じ、私達でお造りする住宅に採用したい思いは強くなる一方でした。

木材の直接仕入れは、まだまだ少数のようで、取引を始めてからの15年は試行錯誤の連続でした。安さの限界に挑戦しようと東京からトラックを飛ばし片道800キロ、材料を積み込み、走ったこともありました。(現在では一定条件を満たした上で配送業者に依頼する方法に切り替えました)

厚みの異なる床材、東京に帰り加工を行う造作材、購入の予定は無かったのですけれど、東京で手に入れることが出来ない手頃な価格と圧倒的な品質に一目惚れ、その場で購入してしまったテーブル板も確認できます。木材の断面は、それぞれ違う表情のようにも見えます。

田舎の高速道路は北海道を思わせるような一本道が続き眠くなります。
この日は秋田まで往復1700キロ、36時間の旅でした。

産地で一目惚れしたテーブル板は、お客様も驚きの価格で、
一部は日常生活に彩を与える対面キッチンのカウンターとなりました。(府中の家)

対面キッチンのカウンターに利用してもまだ余ってしまったので、和室の座卓にもなりました。

優しい質感の木目が和室に映えます。

この和室には9寸角の「大黒柱」を採用いたしました。

「大黒柱が欲しい」とお客様のご要望を受けたものの、価格の高さに一度は諦めたものの、桧を仕入れた産地から驚きの価格を提示され採用に至りました。(府中の家)

(価格は都度の仕入れ状況により変動いたします。ご希望がありましたらお知らせください)

15年、お客様のご要望に応え、取引を拡大した結果、現在では産地、業者は1か所では済まなくなりました。

考えてみれば「サトウキビ」を寒い地方へ買いに行く人はいません。南国へ行くでしょう。

野菜や果物のように、「旬」もあれば「採れる場所が限定される」樹種もありました。

優しい色目のカバザクラの床は北海道からの直接仕入れたもの。
(花小金井のマンション2)

プロが「競り」を行う市場で、一目惚れした秋田杉のテーブル板は、加工して座卓になりました。

調湿能力に優れ、優しい空間を演出してくれる杉材は、日本中で採れる中で、秋田、宮城、茨城、静岡、奈良、和歌山等多数の取引先があります。
ご予算等に応じ柔軟に仕入れることが出来る材料ですが、手に入れやすいからこそ良材に辿り着く事はとても困難な材料であったともいえます。

在来木造の構造材には対不朽性に優れる国産桧の芯持ち材を使用します。
こちらの土台、柱は紀州和歌山産

梁、桁は紀州和歌山産
(市川の家)

こちらの土台、柱は、ヒノキの生産量日本一の岡山県産

梁、桁は、ご予算との調整で一定条件を満たした北米産の米松を採用。
構造計算による科学的検証を行った骨組みは「碁盤の目」のようですね。(調布の家)

木造では難しい大空間を手頃に求めるべく、私達としては珍しい2×4工法を採択した構造材は北海道産のカラマツを使用(音響機器となった家)時節や価格相場を加味し、最善の樹種を選択できるよう、取引活動を継続して参ります。現地仕入れをはじめて時が経過した現在も、より良い産地・業者を探すべく、暇を見ては全国を回っておりますが、この10年、業者を変える事なく過ごせているのは高いレベルを維持できている現れなのかと感じています。お客様の元へ、より良いものをより安くを目標に掲げ今後も研鑽を重ねて参ります。